南北朝から室町初期の臨済宗の禅僧・漢詩人で、夢窓派に属した。義堂周信と並んで五山文学の双璧と称される。明に渡って学び、帰国後は将軍足利義満に重んじられて相国寺の住持を務めた。その漢詩は格調高く、詩文集『蕉堅稿』にまとめられ、中世日本の漢文学の到達点の一つとされる。1405年に没した。