未到
明智光秀
あけちみつひで
akechi mitsuhide
略歴
織田信長の重臣にして、日本史上もっとも有名な謀反人の一人。出自には謎が多いが、諸国を流浪した末に信長に仕え、その卓越した才覚で丹波平定などの大功を挙げ、近江坂本・丹波を与えられて重臣筆頭にのぼりつめた。連歌や茶の湯にも通じた教養人でもあった。しかし1582年6月、中国出陣の途上で突如反転し、「敵は本能寺にあり」として京都本能寺に信長を襲い、これを自刃に追い込んだ。動機は怨恨説・野望説・黒幕説など諸説紛々として今も定まらない。だが天下を握ったのはわずかな日数にすぎず、備中から驚異的な速さで引き返した羽柴秀吉に山崎で敗れ、落ち延びる途上、小栗栖で落ち武者狩りに遭って落命した。あまりに短い栄華から「三日天下」と評され、悲運の智将として長く人々の想像力をかき立ててきた。
未到