未到
有馬晴信
ありまはるのぶ
arima harunobu
略歴
肥前日野江城を拠点とした戦国大名で、キリシタン大名として知られる。洗礼を受けてキリスト教を篤く信仰し、天正10年(1582年)には大村純忠・大友宗麟らとともに少年使節をローマへ送る天正遣欧使節の派遣に加わった。龍造寺氏や有力勢力のはざまで領国を保ち、島津氏と結んで沖田畷の戦いに関わるなど戦国の動乱を生き抜く。しかし晩年、朱印船貿易をめぐる利権と旧領回復の思惑から幕臣岡本大八にはかられ、贈収賄と謀計が露見した岡本大八事件に連座、慶長17年(1612年)に処刑された。この事件は江戸幕府による禁教政策強化の一契機ともなり、キリシタン大名の栄枯を象徴する末路をたどった。
未到