未到
伊達政宗
だてまさむね
date masamune
略歴
戦国から江戸初期の奥州の大名で、幼くして疱瘡により右目を失ったことから「独眼竜」と称された。伊達輝宗の子として生まれ、家督を継ぐと持ち前の武略と知略で近隣を次々に従え、摺上原の戦いで蘆名氏を破って南奥州の覇者へとのし上がった。しかし天下統一を進める豊臣秀吉には抗しきれず、小田原征伐に遅参しながらも死装束で参陣して臣従を示し、命脈を保った。秀吉の死後は徳川家康に接近し、関ヶ原の戦いでは東軍として働いて仙台藩六十二万石の祖となった。仙台の城下町を整備するとともに、家臣支倉常長を大使とする慶長遣欧使節をローマへ送り、遠くヨーロッパとの通交を試みた進取の気性でも知られる。天下取りには一歩遅れて生まれた男とも評され、その野心と美意識に彩られた生涯は今も語り草となっている。1636年に没した。
未到