未到
道鏡
どうきょう
dokyo
略歴
奈良時代の僧で、河内国の出身と伝わる。病に伏した孝謙上皇(のちの称徳天皇)の看病にあたって深い寵愛を受け、太政大臣禅師、さらには法王という前例のない地位にまで昇りつめ、政治の実権を握った。やがて「道鏡を皇位に就ければ天下は太平になる」という宇佐八幡宮の神託が奏上され、皇位さえうかがう勢いを見せたが、和気清麻呂が改めて神意を確かめ、これを偽りとして退けたことで即位の望みは断たれた。後ろ盾であった称徳天皇が没するとたちまち失脚し、下野国の薬師寺別当に左遷され、失意のうちに没した。皇位を狙った僧として長く悪名を負ったが、その専横ぶりについては後世に誇張された面もあるとされる。
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