平安中期の公卿で、右大臣藤原師輔の子。冷泉・円融天皇の代に摂政となって朝政を握り、藤原北家九条流の権勢を担った。和歌にも通じ、勅撰集『後撰和歌集』の撰進を命じたことで知られる。歌人としても名を残し、家集『一条摂政御集』が伝わる。