未到
藤原定家
ふじわらのていか
fujiwara no teika
略歴
鎌倉初期を代表する歌人で、和歌の家・御子左家に生まれ、父は歌壇の大家藤原俊成。天性の才と父の指導のもとに歌道を究め、後鳥羽上皇の下命による『新古今和歌集』の撰者の一人となって、幽玄・有心を旨とする象徴的で余情ゆたかな歌風を確立し、中世和歌の頂点を築いた。晩年には後嵯峨天皇の命で『新勅撰和歌集』を単独で撰進。歌人一人一首を選んだ『小倉百人一首』は定家の撰と伝えられ、今日まで親しまれている。自筆の日記『明月記』は当時の宮廷や動乱の世相を伝える一級史料として名高い。神経質で気位が高く、勅勘を受けて謹慎した時期もあったが、歌の道への執念は生涯衰えず、後世の和歌に絶大な影響を残した。
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