未到
鑑真
がんじん
ganjin
略歴
日本に正式な戒律を伝えた唐の高僧で、来日僧の中でもとりわけ名高い人物。当時の日本には僧に正式な戒律を授ける仕組みがなく、聖武天皇の招きに応じて渡日を決意した。しかし東シナ海の荒波は険しく、五度にわたって渡航を試みてはことごとく失敗し、その苦難の中で両眼の視力までも失った。それでもなお志を曲げず、753年、六度目にしてついに念願の来日を果たす。奈良の東大寺に戒壇を築いて聖武上皇らに戒を授け、日本に律宗を伝えた。晩年には唐招提寺を開いて後進の育成に努め、763年に没した。その姿を写した唐招提寺の鑑真和上像は、日本最古の肖像彫刻の傑作として今に伝わる。
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