未到
畠山重忠
はたけやましげただ
hatakeyama shigetada
略歴
武蔵国男衾郡畠山を本拠とした鎌倉初期の御家人。はじめ平氏方にあったが源頼朝に従い、以後は幕府の有力武士として重んじられた。源義経に従った一ノ谷の戦いでは、鵯越の急坂を下る「逆落とし」に際して愛馬を背負って降りたという逸話が語り継がれ、武勇とともに馬を思いやる情の厚さで知られた。武芸・容儀にすぐれ、私利を求めぬ清廉な人柄から「坂東武士の鑑」と称えられた。しかし元久二年(1205年)、北条時政の謀略によって謀反の疑いをかけられ、二俣川の戦いでわずかな手勢とともに討たれた。その最期は多くの御家人に惜しまれ、無実の犠牲として後世まで同情を集めた。
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