未到
北条氏康
ほうじょううじやす
hojo ujiyasu
略歴
相模を本拠とした後北条氏の三代当主で、祖父早雲・父氏綱の遺業を受け継ぎ関東平野に覇を唱えた名将。家督相続まもない天文十五年(1546年)、上杉・古河公方らの大連合軍に包囲された河越城を、夜襲による奇襲(河越夜戦)で打ち破り、寡兵で大軍を退けた。この勝利によって北条氏の関東における地位は決定的となり、日本三大夜戦の一つに数えられる。武勇のみならず内政にも優れ、税制の改革や検地、小田原城下の整備を進めて領国経営の手本を示し、文武両道の名将と称された。武田信玄・上杉謙信という当代随一の強敵と渡り合いながらも領国を守り抜き、後北条氏の全盛期を築き上げた。元亀二年(1571年)に病没。子孫に「氏康の遺訓」を残したと伝わる。
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