未到
細川忠興
ほそかわただおき
hosokawa tadaoki
略歴
戦国から江戸初期の武将・大名にして一流の茶人。細川藤孝の子として生まれ、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三代に仕えて家名を保った。妻は明智光秀の娘ガラシャで、本能寺の変で光秀が謀反人となった際には縁を絶って光秀に与せず、身の処し方によって細川家を守った。関ヶ原の戦いでは東軍に属し、戦後は豊前小倉、のちに肥後熊本を領する大藩の礎を築いた。千利休に茶を学んで利休七哲の一人に数えられ、茶の湯や和歌・絵画など文事にも深く通じた教養人であった一方、烈しく妥協を許さぬ気性でも知られる。長命を保ち、1646年に八十四歳で没した。
未到