未到
今川義元
いまがわよしもと
imagawa yoshimoto
略歴
駿河・遠江・三河を領した東海の大大名で、名門今川氏の全盛期を築いた武将。「海道一の弓取り」と称され、分国法「今川仮名目録」を整備して領国支配を固め、武田・北条と三国同盟を結んで背後を安んじるなど、その政治手腕は当代屈指と評された。京の文化を愛し、公家風の優雅を好んだことでも知られる。永禄三年(1560年)、二万を超えるとも伝わる大軍を率いて上洛の途につき尾張へ侵攻したが、桶狭間で豪雨に紛れて奇襲をかけた織田信長の寡兵に本陣を突かれ、あえなく討ち取られた。この一戦は戦国史の転換点となり、名門今川氏は急速に衰退へと向かった。後世、公家かぶれの敗軍の将という戯画的な像が広まったが、近年はその卓越した領国経営と外交の手腕が改めて高く評価されている。
未到