未到
加藤嘉明
かとうよしあきら
kato yoshiakira
略歴
戦国から江戸初期の武将・大名。若くして羽柴秀吉に仕え、1583年の賤ヶ岳の戦いで武功を挙げ、賤ヶ岳七本槍の一人に数えられた。水軍を率いた経験もあり、朝鮮出兵などでも活躍した歴戦の武功派として知られる。関ヶ原の戦いでは東軍に属し、その戦功によって伊予松山二十万石を与えられ、名城として名高い伊予松山城の築城に着手した。晩年には陸奥会津四十万石へと加増移封され、会津藩主となった。実直で武勇に秀でた人柄で知られ、加藤清正・福島正則らと並ぶ豊臣恩顧の勇将から、徳川の世に大名として生き抜いた人物である。
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