安芸の武将で、毛利元就に仕えた宿老。桜尾城を拠点とし、毛利家中で重きをなした。天文二十四年の厳島の戦いでは、あらかじめ陶晴賢方に内応するとみせかけて偽りの書状を送り、大軍を狭い厳島へ渡海させて誘い込む策で、主君元就の奇襲による勝利を裏から支えたと伝えられる。