未到
光孝天皇
こうこうてんのう
koko tenno
略歴
第58代天皇。仁明天皇の皇子で、時康親王と呼ばれた。長く即位とは無縁の一皇族として過ごし、五十半ばに達するまで政治の表舞台に立つことはなかった。ところが元慶八年(884年)、奇行を理由に陽成天皇が藤原基経によって廃されると、思いがけず基経に擁立され、五十五歳の高齢で即位した。基経の意向で選ばれた天皇であり、その治世は事実上基経が政務を主導したとされる。自らの皇子女をいったん臣籍に降ろすなど基経への配慮を怠らなかったが、晩年に一子源定省を皇族に復し、これがのちの宇多天皇となった。在位わずか三年余りで没している。
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