未到
小西行長
こにしゆきなが
konishi yukinaga
略歴
堺の商人の家に生まれ、豊臣秀吉に見出されてその家臣に取り立てられた武将。舟奉行として水軍や兵站を担う実務に長け、やがて肥後宇土城主として二十万石を領した。キリシタン大名として知られ、洗礼名をアウグスティヌスといい、宣教師とも深く交わった。文禄・慶長の役では先鋒を務めて朝鮮へ渡り、加藤清正としばしば対立しつつ、明との講和交渉にも奔走した。秀吉の死後、関ヶ原の戦いでは石田三成方の西軍に属して戦うが敗れ、逃亡の末に捕らえられる。キリシタンゆえ自害を拒み、三成・安国寺恵瓊とともに京都六条河原で斬首された。慶長五年、四十三歳での最期であった。
未到