戦国から江戸初期の武将・大名。名門京極氏の出で、妹は豊臣秀吉の側室となった淀殿の妹にあたり、妻は浅井三姉妹の一人お初であった。妹や妻の縁で出世したと陰口され「蛍大名」と揶揄されたが、関ヶ原の戦いでは東軍として近江大津城に籠城し、西軍の大軍を引きつけて足止めした。その奮戦は本戦での東軍勝利に少なからず貢献し、戦後は若狭一国を与えられて小浜藩の祖となった。1609年に没した。