未到
前田利家
まえだとしいえ
maeda toshiie
略歴
加賀百万石の礎を築いた大名で、若き日は信長の側近くに仕えた「槍の又左」と呼ばれる勇将。傾奇者めいた派手好みで知られたが、やがて堅実な武将へと成長し、越前・能登を経て加賀を領した。豊臣政権では五大老の一人に列し、秀吉の盟友として厚い信頼を受けた。賤ヶ岳の戦いでは柴田勝家と秀吉のあいだで難しい立場に置かれたことでも知られる。秀吉の死後は幼い秀頼の後見役として台頭する徳川家康と拮抗し、その存在は豊臣家を支える重石であったが、家康との緊張が高まるさなかに病没した。彼の死は豊臣家中の対立を一気に表面化させたといわれる。
未到