未到
曲直瀬道三
まなせどうさん
manase dosan
略歴
戦国期を代表する名医で、日本近世医学の祖と称される。京都に生まれ、はじめ僧として学んだのち医の道に進み、田代三喜から中国伝来の李朱医学(金元医学)を受け継いで、これを日本の風土に即した実践的な医術として体系化した。啓迪院という医学校を開いて多くの門人を育て、後世方派の隆盛の礎を築いた。その学識と人格は広く敬われ、正親町天皇や毛利元就、織田信長、豊臣秀吉ら時の権力者の診療にもあたったと伝わる。主著『啓迪集』は診断と治療の要を集大成した書として重んじられた。文禄三年、八十八歳で没した。医学を宗教や陰陽から切り離し、経験と観察に基づく臨床の学へと押し進めた功績は大きい。
未到