未到
源実朝
みなもとのさねとも
minamoto no sanetomo
略歴
鎌倉幕府の第三代将軍で、源頼朝の次男。兄頼家が失脚したのち幼くして将軍位に就いたが、実権は執権北条氏が握り、実朝自身は次第に政務よりも和歌の世界に心を寄せていった。藤原定家に師事し、万葉調のおおらかで力強い歌を詠んで、家集『金槐和歌集』を残した。朝廷での官位も異例の昇進を重ね、武家として右大臣にまで昇りつめた。しかし建保七年(1219年)、右大臣拝賀のため参詣した鶴岡八幡宮の社頭で、兄頼家の遺児である僧公暁に襲われて命を落とした。二十八歳。これにより源氏の正統は三代で絶え、幕府は北条氏を中心とする体制へと移ってゆく。悲劇の歌人将軍として後世に惜しまれた。
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