未到
飯富虎昌
おぶとらまさ
obu toramasa
略歴
甲斐の武田氏に仕えた宿老で、武田二十四将の一人に数えられる猛将。その勇猛さから「甲山の猛虎」と称され、赤一色で軍装を統一した赤備えの祖とも伝えられる。武田信玄の信任篤く、嫡男義信の傅役という重責を担ったが、その義信が父信玄への謀反を企てた際、これに連座したとされる。義信事件が露見すると虎昌は責を負わされ、天正の前夜、切腹して果てた。主家への忠と若君への情の板ばさみに散った悲運の勇将として語られ、赤備えの武名は後に一族の飯富昌景(山県昌景)へと受け継がれた。
未到