未到
織田信長
おだのぶなが
oda nobunaga
略歴
尾張の小大名から身を起こし、戦国の世を一変させた革新者。若い頃は「うつけ」と嘲られたが、その内には鋭い先見があった。1560年の桶狭間の戦いで大軍を率いる今川義元を奇襲で討ち取り一躍名を高め、以後は美濃を奪い「天下布武」を掲げて上洛、足利義昭を奉じて畿内を制した。楽市楽座による商業振興、関所の撤廃、鉄砲の大量運用など既存の権威にとらわれぬ政策を次々に打ち出し、比叡山焼き討ちや長篠の戦いに見られる非情と合理を併せ持った。しかし天下統一を目前にした1582年、京の本能寺で家臣明智光秀の謀反に遭い、「是非に及ばず」と言い残して自刃したと伝わる。その死は日本史最大の事件の一つとして今なお語られ続けている。
未到