未到
織田信忠
おだのぶただ
oda nobutada
略歴
戦国の武将で、織田信長の嫡男。早くから後継者として遇され、岐阜城主を任されて織田家の家督を継いだ。天正十年(1582年)の甲州征伐では総大将として武田攻めを指揮し、武田勝頼を追いつめて名門武田氏を滅亡へと導く軍事的才覚を示した。しかし同年、明智光秀の謀反による本能寺の変が起こると、宿所の妙覚寺から二条御所に移って光秀の軍勢を迎え撃ち、奮戦の末に力尽きて自害した。父とともに横死したことで織田家の直系による天下取りは潰え、その後の政局は羽柴秀吉らへと移っていった。武将として将来を嘱望されながら、二十六歳で果てた悲運の後継者である。
未到