未到
真田昌幸
さなだまさゆき
sanada masayuki
略歴
信濃の小勢力・真田氏の当主で、稀代の知将として名高い。若くして武田信玄に仕え、その薫陶を受けて用兵と謀略を磨いた。武田氏滅亡後は上田城を築いて自立し、周囲の大勢力のはざまを機略で渡り歩く「表裏比興の者」とも評された。1585年の第一次上田合戦、そして1600年の第二次上田合戦では、わずかな兵で徳川の大軍を二度にわたって翻弄・撃退し、その名を天下に轟かせた。関ヶ原では次男・幸村(信繁)とともに西軍に与し、長男・信之は東軍という親子二分の道を選んで真田の家名を残した。戦後は高野山麓の九度山に蟄居を命じられ、雌伏のまま同地で生涯を閉じた。徳川を二度退けた老練の謀将として、後世まで語り継がれている。
未到