信濃の武将で、武田家の名臣真田幸隆の長男。弟に真田昌幸をもつ。父の跡を継いで真田家の当主となり、武田氏の勇将として各地を転戦した。天正三年の長篠の戦いでは、武田勝頼のもとで織田・徳川連合軍と激突し、鉄砲の前に多くの将が倒れるなか、すぐ下の弟昌輝とともに壮絶な討死を遂げた。この兄と弟を失ったことで、真田の家督は三男の昌幸が継ぎ、やがて智謀の将として名を馳せることになる。