越後の武将で、揚北衆と呼ばれる国人衆の一人。新発田城を本拠とした。上杉謙信の死後に起きた家督争い「御館の乱」の恩賞への不満などから、当主上杉景勝に反旗を翻し、織田氏とも結んで七年に及ぶ「新発田重家の乱」を起こして越後の主導権を争った。しかし織田信長の横死で後ろ盾を失い、天正十五年、景勝の攻勢の前に新発田城で敗れて滅んだ。