未到
島津義弘
しまづよしひろ
shimazu yoshihiro
略歴
薩摩の島津義久の弟で、島津家の軍事を担った猛将。兄弟が力を合わせて九州の大半を制する原動力となり、寡兵で大軍を破る釣り野伏せなどの戦術で名を馳せた。文禄・慶長の役では朝鮮に渡海し、泗川の戦いで明・朝鮮の大軍を少数で撃退したと伝わり、敵から「鬼石曼子(グイシーマンズ)」と恐れられたという。関ヶ原の戦いでは西軍として孤立しながら、敗色濃厚のなかを東軍のただ中へ突撃して薩摩へ帰り着いた「島津の退き口」で名を高めた。多くの将兵が主君を守って身代わりに討たれたと伝わり、その苛烈な武名は後世まで語り継がれている。
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