周防の武将で、大内氏の重臣。武勇に優れ「西国無双の侍大将」と称された。文弱に流れた主君大内義隆に不満を募らせ、ついに大寧寺の変で義隆を自害に追い込んで実権を握った。しかし主殺しの汚名を負い、台頭する毛利元就と対立。1555年、寡兵の元就に厳島へ誘い込まれて奇襲を受け、大軍を擁しながら大敗して自刃した。厳島の戦いは戦国屈指の逆転劇として名高い。