嵯峨天皇の皇后で、仁明天皇の母。橘氏の出で、学問所を兼ねた檀林寺を建て、禅の教えを厚く信仰したことから檀林皇后と称された。仏教に深く帰依した女性として知られ、自らの死後に遺骸が朽ちてゆくさまを描かせて世の無常と肉体への執着の空しさを説いたという「九相図」の逸話が後世に語り伝えられている。絶世の美貌の持ち主であったとも伝わり、その敬虔な信仰とともに数々の伝説に彩られた皇后である。850年に没した。