桓武平氏の流れをくむ武将で、父の国香を従兄弟の平将門に討たれた。将門が坂東で反乱を起こし新皇を称すると、これを討つべく下野の豪族藤原秀郷と手を結び、天慶三年(940)、両者の連合軍で将門を攻めてこれを討ち取った(承平天慶の乱の平定)。この功により官位を得て一族の地歩を固め、その子孫からは伊勢に根を張る伊勢平氏が興り、のちに平清盛を輩出する系譜へとつながっていく。武家平氏の飛躍の礎を築いた人物である。