未到
武田信玄
たけだしんげん
takeda shingen
略歴
甲斐の戦国大名で、日本史上屈指の名将として知られる。守護武田氏に生まれ、父信虎を追放して家督を継ぐと、信濃へ勢力を広げ、越後の上杉謙信と北信濃をめぐって五度にわたり川中島で対峙した。とりわけ第四次川中島合戦は激戦として名高い。孫子の一節に由来する「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」を掲げた「風林火山」の軍旗で知られ、精強な武田騎馬軍団を率いて織田信長や徳川家康を脅かした。晩年、上洛を目指す西上作戦を発動して三方ヶ原で家康を破ったが、その途上で病に倒れ、1573年に没した。死後三年は喪を秘せと遺言したと伝わる。
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