未到
竹中半兵衛
たけなかはんべえ
takenaka hanbee
略歴
美濃出身の名軍師で、後世「今孔明」と称えられた智将。若くして主家の斎藤氏に仕えたが、わずかな手勢で難攻不落の稲葉山城を一時乗っ取ってみせたという逸話が名を高めた。やがて羽柴秀吉に見出されてその参謀となり、黒田官兵衛と並んで秀吉の「両兵衛」と讃えられる。中国攻めでは調略と用兵に冴えを見せ、秀吉躍進の礎を築いた。しかし病弱の身をおして三木合戦の陣中にあり、天正七年、播磨の陣で肺の病により三十六歳の若さで没した。深謀と忠節を兼ね備えた軍師の理想像として、後世の軍記物や講談で理想化され、その早すぎる死は今なお惜しまれている。
未到