瀬戸焼の祖と伝わる伝説的な陶工。俗に加藤四郎左衛門景正と呼ばれ、道元に従って宋に渡り、かの地で陶技を学んだのち、尾張の瀬戸に良質の陶土を見出して窯を開いたと伝わる。日本で初めて釉薬をかけた陶器を焼いたともいわれ、後世の瀬戸物の名の由来となった。ただしその実在や事績を確かめる同時代の史料は乏しく、あくまで伝承の域を出ない人物である。