未到
豊臣秀次
とよとみひでつぐ
toyotomi hidetsugu
略歴
豊臣秀吉の姉の子で、子のなかった秀吉の養子として引き立てられ、関白の座を継いで豊臣家の後継者と目された人物。近江八幡や尾張清洲を領し、聚楽第を譲り受けて二代目関白となった。ところが文禄二年に秀吉の実子・秀頼が生まれると立場は一変し、両者の関係は急速にこじれてゆく。文禄四年、謀反の疑いをかけられて高野山に追放され、まもなく切腹を命じられた。その後、妻妾や子女ら一族までもが三条河原で処刑されるという凄惨な結末をたどった。悪逆な振る舞いから「殺生関白」と呼ばれたと伝わるが、これは失脚後に着せられた汚名との見方も強く、悲劇の貴公子として同情される面もある。
未到