未到
宇喜多秀家
うきたひでいえ
ukita hideie
略歴
備前岡山城主で、宇喜多直家の子。幼くして家督を継ぎ、豊臣秀吉に猶子として寵愛され、若くして五大老の一人に列した豊臣政権の重鎮である。秀吉の養女(前田利家の娘)豪姫を妻に迎え、一族は栄華を誇った。関ヶ原の戦いでは西軍の主力として一万七千余の大軍を率い、最後まで奮戦したが、味方の裏切りにより敗走した。戦後は薩摩の島津氏を頼って落ち延び、のちに捕らえられて八丈島へ流された。以後およそ五十年をその島で過ごし、明暦元年に八十四歳の長寿を全うした。関ヶ原に散った西軍武将の多くが刑死するなか、天寿を全うした数奇な生涯で知られる。
未到