未到
山県昌景
やまがたまさかげ
yamagata masakage
略歴
戦国期の武田家臣で、信玄・勝頼を支えた猛将。兄の飯富虎昌の死後にその朱色の武具で固めた精鋭部隊「赤備え」を受け継ぎ、戦場を駆けて武田軍最強の呼び声を得た。小柄ながら比類なき勇猛さで数々の合戦に武名を轟かせ、武田四天王・武田二十四将の一人に数えられる。信玄の死後は勝頼をよく補佐したが、1575年の長篠の戦いで織田・徳川連合軍の鉄砲の前に突撃を敢行し、壮絶な討死を遂げた。その赤備えの威名は後世に語り継がれ、井伊の赤備えなど後代の武将にも受け継がれていった。
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