未到
山本勘助
やまもとかんすけ
yamamoto kansuke
略歴
武田信玄に仕えたと伝えられる伝説的な軍師。隻眼で足が不自由な異相の兵法者でありながら、その知略を信玄に見込まれて重用されたと語られ、武田二十四将の一人に数えられる。永禄四年の第四次川中島の戦いでは、上杉軍を挟み撃ちにする「啄木鳥の戦法」を献策したが、これを上杉謙信に見破られて武田本隊が窮地に陥り、失策を悔いた勘助は敵中に突入して壮絶な討ち死にを遂げたと伝わる。ただし、その華々しい活躍の多くは後世の軍記物『甲陽軍鑑』に彩られたもので、実在は長く疑問視されてきた。近年、その名を記した古文書が見いだされ、実在した人物であった可能性が高まっている。
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