下総結城を本拠とした戦国大名で、名門・結城氏の第17代当主。北関東の争乱のなかで家の存続に腐心し、実子に恵まれぬなか徳川家康の次男・秀康を養子に迎えて結城の家名を継がせた。これにより結城氏は徳川一門との縁を得て存続し、のちに秀康は越前へ移って松平を称した。名族を絶やすまいとした晴朝の判断が家名を後世につないだといえる。