未到
有栖川宮熾仁親王
ありすがわのみやたるひとしんのう
arisugawanomiya taruhito shinno
略歴
有栖川宮家の第9代当主で、幕末から明治にかけて生きた皇族軍人。若き日には孝明天皇の妹・和宮との婚約が定められていたが、公武合体策によって和宮が将軍徳川家茂に降嫁したため、その縁は破談となった。王政復古後の戊辰戦争では東征大総督に任じられ、官軍を率いて江戸へ迫り、勝海舟と西郷隆盛の会談によって成った江戸城無血開城を指揮する立場に立った。維新後は元老院議長や参謀本部長を歴任し、西南戦争では征討総督を務めるなど、新政府軍の象徴的な指揮官として重んじられた。最終的に陸軍大将にのぼり、日清戦争のさなかに病を得て1895年に没した。皇族でありながら軍務の第一線に立ち続けた生涯は、近代皇室と軍の結びつきを体現するものであった。
未到