江戸時代後期の幕臣で、伊豆韮山を治めた世襲の代官。海防の重要性をいち早く説き、伊豆韮山に反射炉を築いて西洋式の大砲鋳造を試みたことで知られる。また品川台場の築造にも関わり、海外の脅威に備えた国防体制の整備に尽力した。教育や地域振興にも意を用いた名代官として、地元では「江川太郎左衛門」の名で親しまれ、その業績は近代日本の礎の一つとして今日まで語り継がれている。