未到
榎本武揚
えのもとたけあき
enomoto takeaki
略歴
幕府海軍の副総裁を務めた幕臣で、オランダに留学して国際法や海軍術を修めた開明的な軍人。大政奉還と江戸開城の後も新政府への恭順を潔しとせず、旧幕府艦隊を率いて江戸を脱し、蝦夷地へ渡った。五稜郭を拠点に旧幕臣らによる政権を樹立し、いわゆる蝦夷共和国の総裁に選ばれたが、新政府軍の攻撃を受けて五稜郭の戦いに敗れ、降伏した。オランダ留学で得た貴重な国際法の書を敵将黒田清隆に託したという逸話が伝わり、その才を惜しんだ黒田の助命嘆願もあって死を免れた。維新後は一転して明治政府に登用され、外交交渉で樺太・千島交換条約をまとめたほか、逓信・文部・外務・農商務の各大臣を歴任するという異例の経歴を歩み、1908年に没した。
未到