未到
蒲生氏郷
がもううじさと
gamou ujisato
略歴
戦国から安土桃山の武将・大名。近江日野の生まれで、幼くして織田信長に才を見出され、その娘を妻に迎えて娘婿となった。信長・秀吉に仕えて数々の戦功を挙げ、文武に秀でた名将と称される。千利休に茶を学んだ利休七哲の一人にも数えられ、洗練された教養人でもあった。奥州仕置の後には会津九十二万石という大領を与えられて東北の抑えを任され、黒川を若松と改めて城下町を整備し、鶴ヶ城を築いて会津発展の礎を築いた。しかし志半ばの文禄四年(1595年)、四十歳の若さで病により世を去る。天下を望む器量を惜しまれた、早世の英傑である。
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