明治の海軍軍人で、柔道家としても知られる。日露戦争の旅順港閉塞作戦で、部下の行方を案じて沈みゆく船を捜索するさなかに戦死したと伝わる。その最期は美談として広く語られ、戦後は「軍神」として顕彰された。剛毅で情に厚い人柄と、部下思いの姿勢が長く人々の記憶に残っている。