未到
伊達宗城
だてむねなり
date munenari
略歴
幕末の宇和島藩主で、松平春嶽・山内容堂・島津斉彬(のち久光)と並ぶ「幕末の四賢侯」の一人に数えられた開明的な大名。蛮社の獄で追われた蘭学者・高野長英をひそかに招いて西洋兵学を学ばせ、また村医から身を起こした大村益次郎を登用して藩の軍制改革や軍艦建造を進めるなど、いち早く洋学を取り入れた。四侯会議に加わって幕末の中央政局にも関与し、公武合体の立場から国事に奔走した。維新後は新政府に出仕し、民部卿や大蔵卿などを務めて明治の国家建設にも一定の役割を果たした。
未到