未到
大村益次郎
おおむらますじろう
omura masujiro
略歴
周防国の村医の家に生まれ、緒方洪庵の適塾で蘭学を修めた学者・兵学者で、後に近代日本陸軍の創設者と仰がれる人物。当初は宇和島藩に招かれて蘭書を訳し兵学を講じ、幕府の講武所でも教鞭をとったが、やがて故郷の長州藩に迎えられて軍制の近代化を担った。第二次長州征討にあたる四境戦争では、実戦経験に乏しい身ながら合理的な用兵で幕府の大軍を各方面で破り、その手腕を鮮やかに示した。戊辰戦争では新政府軍の実質的な参謀として作戦を統括し、彰義隊がこもる上野を一日で攻略した上野戦争の指揮でも知られる。維新後は兵部大輔として国民皆兵に基づく近代軍隊の建設に着手したが、その急進的な改革は不平士族の反発を招き、明治二年に京都で襲撃されて負傷し、まもなく没した。理詰めで無愛想な人柄をめぐる逸話も多い、悲運の兵制の父である。
未到