未到
松浦武四郎
まつうらたけしろう
matsuura takeshiro
略歴
伊勢国出身の探検家・地理学者で、幕末から明治にかけて蝦夷地を六度にわたって踏査した人物。若くして諸国を放浪し、北方の防備が急務となる時代の空気のなかで蝦夷地へ足を踏み入れ、アイヌの人々の案内を得ながら山野や海岸を徒歩でめぐって膨大な地誌・地図・記録を残した。とりわけアイヌの地名・風俗・言語を丹念に書き留めた点で貴重で、その調査はアイヌ研究の礎となった。維新後は開拓使に出仕し、新政府から蝦夷地に代わる新たな地名を諮問された際、アイヌ語の「カイ」を含む案などをもとに「北海道」の名を提案し、これが採用されて今日に至る。まさに「北海道の名付け親」として知られる。ただし開拓の方針をめぐって政府と対立し早くに官を辞し、晩年は好古の趣味に生きた。アイヌの側に立ってその文化を記録し続けた姿勢は、後世高く評価されている。
未到