加賀百万石を築いた前田利家の正室で、名はまつ。幼い頃から利家と縁が深く、聡明で気丈な人柄をもって前田家を内から支えた賢婦人として知られる。利家亡き後、豊臣家と徳川家の対立が高まると、前田家に謀反の疑いがかけられる。この危機に際し、芳春院は自ら進んで人質となって江戸へ下り、家康のもとにあって前田家の存続を守り抜いた。母として、また家の要として一族を導いたその決断は、加賀藩百万石を後世に残す礎となった。元和三年に没した。