未到
井伊直弼
いいなおすけ
ii naosuke
略歴
彦根藩主で、幕末に幕府の最高職である大老をつとめた人物。将軍継嗣問題では紀州の徳川慶福(家茂)を推し、南紀派の中心として一橋派を退けた。大老就任後、天皇の勅許を得られぬまま安政五年(1858)に日米修好通商条約の調印を断行し、これに反対する尊皇攘夷派や一橋派の公家・大名・志士を安政の大獄と呼ばれる大弾圧で次々と処罰した。吉田松陰らを処刑したこの強硬策は激しい反発を呼び、万延元年(1860)三月三日、江戸城桜田門外で雪の朝、水戸浪士らに襲われて暗殺された。桜田門外の変と呼ばれるこの事件は、幕府の権威が失墜する大きな転換点となった。強権の独裁者として悪名を負う一方、開国という時代の流れを見据えた決断者として再評価する見方もある。
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