未到
板垣退助
いたがきたいすけ
itagaki taisuke
略歴
土佐藩士として生まれ、幕末には藩の軍事を担い、戊辰戦争では迅衝隊を率いて各地を転戦し、東北の戦線で武勲を挙げた。維新後は新政府の参議となったが、征韓論をめぐって西郷隆盛らとともに下野した。以後は言論による改革へと転じ、民撰議院設立建白書を提出して自由民権運動の口火を切り、自由党を結成してその指導者となった。1882年、岐阜で遊説中に暴漢に襲われて負傷した際に発したと伝わる「板垣死すとも自由は死せず」の一句は、自由と権利を求める運動の象徴として広く人口に膾炙した。国会開設と憲法制定を求める運動を全国に広げ、日本の議会政治の礎を築いた功労者として、1919年に没するまで在野に立ち続けた。
未到