未到
岩瀬忠震
いわせただなり
iwase tadanari
略歴
幕末の開明派幕臣で、旗本の家に生まれ、目付から外国奉行へと進んで対外交渉の最前線に立った。ペリー来航以降の激動のなかで海外事情に通じ、幕府きっての国際感覚を備えた俊英と評された。日米修好通商条約の交渉にあたっては、来日した米国総領事ハリスと粘り強く渡り合い、その調印に直接携わった。開国と貿易の必要を早くから見抜き、通商による国力充実を説いた進取の官僚だったが、一橋派に近い立場をとったことが災いする。将軍継嗣問題と条約勅許をめぐる政争のなかで大老井伊直弼と対立し、安政の大獄で罷免・蟄居を命じられて失脚。志半ばで退けられ、四十四歳で不遇のうちに世を去った。開国期の外交を実務で支えた有能な官僚として、後世に再評価されている。
未到